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≡男君≡
こちらは等身大のお人形です。男君(おとこぎみ)が格子のそばに寄っています。この格子は一枚格子で裏に紙が張ってあります。格子を挟んで廂(ひさし)の間には女君(おんなぎみ)が立っており、何事か語り合っております。逢引でしょうか?あるいはこの邸の姫君に言い寄る手引きをしてくれるよう、女房に頼んでいるのかもしれません。(←いや、女君は裳を着けていないので女房ではないかな?あるいは「退がってよし」とご主人からお許しをいただいて寛いでいるところなのかもしれません。)
装束についてはまだまだ勉強中で、説明が間違っているところがあるかもしれませんが、気がつかれた方はそっと教えてくださると幸いです。男君の装束はたぶん冬の冠直衣(かんむりのうし)です。(院参または略式の場合は冠の代わりに烏帽子(えぼし)を被るので、烏帽子直衣といいます。)…が、直衣だとすると裏の色目がちょっと違うような気がするんですが…ああぁ、わかりませ〜ん(泣)。紋は臣下の直衣の冬の料に使われる臥蝶丸文様(ふせちょうまるもんよう、別名:浮線綾(ふせんりょう))のように見えるのですが、これも写真がはっきりしなくてよくわかりません。ごめんなさい。
ところで、冬の直衣は裏地付きの袷(あわせ)仕立てですが、夏の直衣は裏地のない単(ひとえ)仕立てになります。ほかの装束と違って、直衣の場合には身分に関係なく好みの色目を装うことができたので、当時の男君たちに大層好まれたようです。
女君の後ろ姿
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≡女君の後ろ姿≡
上の写真の男君と格子を挟んで向かい合っている女君の後ろ姿です。う〜ん、写真だと実物と色が変わってしまうのではっきりしたことが言えませんが、女君の装束、表が蘇芳(すおう)で裏が赤花ならば、春の色目の樺桜重ね(かばざくらがさね)になります。 紅梅重ねである可能性も。紋は向蝶丸です。
余談ですが、一般的にかさねに「重ね」という字を当てた場合は表と裏の色目の重なりを指し、「襲」という字を当てた場合は衣を重ねて袖口や衿などに見える色目の重なりを指します。でも「襲」で両方を指す場合もあります。ややこしいです(^_^;)。
御簾越しの面影
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≡御簾越しの面影≡
御簾越しにほのかに見える女君の透き影です。美しいですね♪上の写真の女君を前から見たところです。
≡火取とゆする坏≡
二階棚の上段に置かれた、左が火取(ひとり)、右がゆする坏(つき)です。
火取は火取香炉のことで、香を焚いて薫りをくゆらすための道具です。かなり大きいので扱う時は両手を使います。
王朝では髪を洗ったり梳いたりする時に米のとぎ汁を使うのですが、そのとぎ汁を入れる器がゆする坏です。素材は銀や漆器です。
≡玉鬘≡
お正月用に源氏が選んだ華やかな装束の玉鬘です。 山吹重ねの細長を着ています。几帳の陰に隠れるように座っています。几帳の帳は定番の朽木形(くちきがた)です。
光源氏
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≡光源氏≡
こ…この装束は…(^_^;;;)。持ち物と下半身が写真に写っていないので、よくわかりませんが、たぶん束帯です。
「有職故実図典」(鈴木敬三/吉川弘文館)によると束帯は、
- 構成:冠、袍(ほう)、石帯、半臂(はんび)・忘緒(わすれお)、下襲(したがさね・裾(きょ)、衵(あこめ)あるいは比倍木(ひへぎ)、単(ひとえ)、表袴(うえのはかま)、大口袴、襪(しとうず)、靴(かのくつ)あるいは浅沓(あさぐつ)・深靴・半靴(ほうか)
- 持ち物:笏、帖紙(たとう)、檜扇
となっています。この源氏さんは、それにプラス平緒(ひらお)で飾太刀を佩いております。茵(しとね)の上に座った源氏さんの後ろには御帳台(みちょうだい)が見えています。御帳台は昼の間は帳を上げて御座所とし、夜は寝台となります。
夕霧と玉鬘
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≡夕霧と玉鬘≡
ここからは1/4スケールの展示になります。
玉鬘の裳着から2ヵ月足らずの後に、祖母の大宮が亡くなりました。それにより、玉鬘も祖母の喪に服すこととなりました。玉鬘の大宮への服喪が知れ渡ったことにより、玉鬘は実は源氏の娘ではなく、内大臣の娘であったことが世間に知られたのでした。
この写真は「藤袴」の1シーン。手前に背を向けて藤袴の一枝を手にして座っているのが夕霧、御簾の向こうにうっすらと陰が見えているのが玉鬘です。
服喪期間の明ける8月になって、除服(ぶくぬぎ)の儀式(喪があけて喪服を脱いで普段の衣装に着替える儀式)の日取りについて、夕霧が源氏の意向を伝えるために玉鬘を訪れました。夕霧の母・葵の上は大宮の娘で玉鬘の父は大宮の息子・内大臣なので、夕霧と玉鬘はいとこの関係です。夕霧は母代わりだった大宮のために一層深い鈍色の直衣を着ています。野分見舞と称してそっと玉鬘を垣間見た夕霧は、それ以来ほのかな恋心を抱き、源氏の意向を伝える一方で、藤袴の一枝によそえて思いを伝えようとし、御簾越しに藤袴を受け取ろうと差し出した玉鬘の手を取りましたが、あえなく拒絶されてしまったのでした。ああ…なんて不器用な…(-_-;)。
喪の室礼(しつらい)
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≡喪の室礼(しつらい)≡
父方の祖母の服喪期間は5ヶ月です。服喪が始まると一斉に障子・屏風・御簾などの室礼(しつらい)のすべてを喪用に替えなければなりません。御簾の縁・帽額(もこう)は鈍色の布に変わり、几帳・御帳台の帳も鈍色に変わります。そのほか調度類はすべて飾り気のない黒塗りのものになります。こうして写真で見ると本当に辛気臭くて気が滅入りそうですね。
喪に服する本人は、装束を鈍色に替え、魚肉を断ち、管弦・宴・遊びを慎み、精進供養に専念します。衣は普段着ているものを鈍色に染めたようです。(喪用のものを改めて調達することもあったのかな?)故人との縁の深さ浅さ、思い入れの深さ浅さによって喪の黒みの深さ浅さも変わるようです。言い替えれば喪用の室礼の黒みの強さによって、喪に服している人が故人をどう思っていたかが一目でわかっちゃうということなんですよね。これってけっこうキツイかも(^_^;)。
喪の室礼(しつらい)
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≡喪の室礼(しつらい)≡
廂(ひさし)の間の喪の室礼(しつらい)です。几帳の黒さにはっとしますね。心なしか女房の表情も暗いような気がします。
この女君は玉鬘なのかその女房なのかちょっとよくわかりませんが、女房ということにしておきます。玉鬘もそうでしたが、この女房の袴の色は通常のものよりも赤みが浅くなっています。赤というよりはオレンジに近いでしょうか?う〜ん、よくわかんないけど、萱草色(かんぞういろ)かしら?
喪服の女房たち
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≡喪服の女房たち≡
やっぱり仕える主人が喪に服していると、女房たちも喪服になっちゃうんですよね。当り前か(^_^;)。手元が写っていないので何をやっているのかわかりませんが、空いた高坏(たかつき)などが背景に見えるので、食事の用意をしているのだと思われます。喪中なので精進料理ですよね。
玉鬘の裳着(もぎ)
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≡玉鬘の裳着(もぎ)≡
「行幸」の中の1シーン、玉鬘の裳着(もぎ)の儀式です。写真が傾いていてすみません。
左から順番に光源氏、内大臣(後ろから玉鬘に裳を着けてやっている)、玉鬘、花散里(はなちるさと)。玉鬘の前で女房が引腰(ひきごし)を結ぶ手伝いをしています。
玉鬘は内大臣(頭の中将)と夕顔の娘です。夕顔の不慮の死の後、乳母たちに連れられて九州にまで落ちて行きましたが、成人して再び上洛し、亡き恋人の形代として源氏に引き取られました。花散里が玉鬘の母代わりとなり、六條院の夏の御殿の西の対で、玉鬘は源氏の娘として養育されていました。そして迎えた裳着の儀式。裳着の儀式は女の子が初めて裳を着付ける儀式で、女性の成人式のようなものです。源氏から玉鬘の腰結役(こしゆいやく)を頼まれた内大臣は、初めて娘・玉鬘の存在を知り、儀式の日、20年近い歳月を経て初めて対面することになりました。
男君たち
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≡男君たち≡
3人の男君たち。誰が誰なんだかさっぱりです(^_^;)。玉鬘の裳着の腰結役を引き受けた内大臣のお供をしてきた息子たち…玉鬘の兄弟たちでしょうか…?それとも源氏、夕霧、柏木なんていう取り合わせかなぁ…。う〜ん、わかりませ〜ん!!!装束から推理できる方がいらっしゃったら、ぜひご教示くださいませ。
雅楽器
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≡雅楽器≡
上から順に六絃の和琴(わごん)、十三絃の箏(そう)、七絃の琴(きん)、上の四角い黒い台に置いてあるのが、上から笙(しょう)、笏拍子(しゃくひょうし)、下の四角い黒い台に置いてあるのが、左から篳篥(ひちりき)、横笛(おうてき)、そして右端が琵琶です。
和琴は倭琴(やまとこと)ともいい、写真はより古い形の鴟尾琴(とびのおのこと)です。箏は現在のいわゆる琴のことです。琴(きん)は廃絶して現在では使用されていません。
裳着のお式の裏方
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≡裳着(もぎ)のお式の裏方≡
玉鬘の裳着(もぎ)のお式の裏で働く女嬬(めのわらわ)たちです。小さな少女たちが色とりどりの衣装を身に着け、いっぱしの女房気取りでいそいそと働く姿はとってもほほえましいですね。かわいい展示でした。
遊び道具
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≡遊び道具≡
王朝貴族たちの遊び道具です。左が双六で右が囲碁です。源氏物語では囲碁を打つシーンがたくさん出てきますよね。にゃんこの対局、盤上にはネズミなんて、展示をなさった方の遊び心が感じられますよね(笑)。
裳着のお式の裏方
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≡裳着のお式の裏方≡
こちらも玉鬘の裳着(もぎ)のお式の裏で働く女嬬(めのわらわ)たちです。あらあら手前のふたりは角盥(つのだらい)を巡って争っているようですね。「これはあたしが運ぶの!」「いいえ、わたしよ!」っていう感じでしょうか?それとも「ひとりで持てないわ、あなたそっち側持ってよ」「いいわよ」という感じ?
衣を整える女房たち
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≡衣を整える女房たち≡
写真がぶれていてごめんなさい。衣を整える女房たちです。
玉鬘の裳着の儀式に必要な衣装や禄に出す衣、引出物を整えているのでしょうか?
これだけの衣装が取り散らかされた上、たくさんの女房たちの衣装があいまって非常に華やかな空間ですね♪まさしく花園っていう感じです。
食事を整える女房たち
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≡食事を整える女房たち≡
食事を整える女房たちです。奥で後ろ姿を見せている女房は台盤(だいばん)に向かって食事を整えているところです。
台盤は長方形で周囲が一段高くなっています。その高くなった所にも、また低い所にも各種料理を盛った盤(食器)を隙間なく置き並べます。台盤を置いてある部屋を台盤所(だいばんどころ)と言い、宮中や貴族の邸では女房の詰所にもなっていました。後世になると北の方(正婦人)のことを「御台所」と呼ぶようになりましたが、それはこの台盤所から来ているそうです。(御台盤所→御台所と変化したそうです。)
手前の女房は角高坏(かくたかつき)に食事を取り分けて運ぼうとしています。背景には瓶子(へいじ)を載せた角高坏も見えています。
玉鬘
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≡玉鬘≡
玉鬘です。 山吹重ねの細長を着て畳の上に座っています。
几帳で細かく仕切った場所に座っていますね。細長の裾の置場がなさそう。手前には燈台が置いてあります。
裳着の式のために用意された品々
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≡裳着の式のために用意された品々≡
玉鬘の裳着のお式のために用意された品々です。
画面の奥に並んだ調度は、左から鏡筥(かがみばこ:この中に鏡とそれを鏡台にかけるための一式を収めます。内張りは錦です)、唐櫛笥(からくしげ:大小の箱を2段に積んでいます。上の箱には白粉や香を入れ、下の箱には櫛などの化粧道具を入れます)、二階棚(にかいだな)の上の左が火取(ひとり:香炉)、右がゆする坏(洗髪や製髪の時に使う米のとぎ汁を入れる器)、二階厨子(にかいずし)、二階厨子の前に鏡台にかけられた八稜鏡(はちりょうきょう)が置かれています。
画面の手前には美しく包装された香壷が置かれています。この薫物(たきもの)は秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)からの贈物だと思われます。
衣架にかけられた衣装
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≡衣架にかけられた衣装≡
衣架(いか)にかけられた衣装です。衣架(いか)は御衣掛(みぞかけ)・衣桁(いこう)とも呼びます。
左が 紅梅重ねの袿(うちぎ)、右が 桜重ねの裳唐衣(もからぎぬ)でしょうか。どちらも冷泉帝の中宮である秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)から贈られた、裳着を迎えた玉鬘へのお祝いです。中宮からの贈物の目録は「白い裳と唐衣、御装束、御櫛上げの具、壷に入れられた唐の薫物(お香)」。右の裳唐衣は玉鬘が裳着の式の時に着用したのでしょうね。
衣装の前には檜扇が立てられています。
打出
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≡打出≡
打出(うちいで)の様子です。打出(うちいで)というのは寝殿や対の屋の御簾の下から、女房装束の袖口の重ね色目を見せるものです。御簾の向こう側にはいかにも女房たちが座っているように見えますが、実は本体は几帳(きちょう)だったりします。
下の写真が横から見たところです。几帳の足(柱)に帳ごと抱え込んで、左右の袖から出した裳の紐で縛ってあります。大貴族の邸に行幸があった場合や晴れの儀式が行なわれる際にはこのような「打出(うちいで)」をたくさん並べて華やかな装飾としたそうです。
打出
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≡打出≡
こちらも打出(うちいで)。横から見たところです。写真の角度が悪いので几帳がどんな具合にセットされているのかよくわかりませんね(^_^;)。実際に女房がいるようにも見えますが、本体は上述の通り几帳です。
男君たち
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≡男君たち≡
妻戸(つまど)のそばの男君たちです。誰が誰だかさっぱりわかりません(^_^;)。玉鬘の裳着が行なわれている寝殿のすぐそばにいるので、玉鬘の兄弟たち(柏木や紅梅大納言など)ではないかと思ったりしますが…。
毎度のことながら、解説にならない説明ばかりで申し訳ないです。
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