愛宕神社
Last modified: Thu, 24 Jan 2002 12:50:39 +0900


愛宕神社
  1. 伝説
  2. 主祭神
  3. 所在地


出世の石段

《出世の石段》

 寛永11年(1634年)三代将軍家光の時、四国丸亀藩の曲垣平九郎(まがきへいくろう)が騎馬で86段の男坂を駆け上がり、社に国家安寧の祈願をした後、境内に咲き匂っていた源平の梅を手折って将軍に献上した事から、彼は日本一の馬術の名人としてその名を轟かせました。この事により愛宕神社の正面男坂は「出世の石段」として全国に知られるようになりました。
 写真は上から見下ろした石段ですが、足がすくむほど急です。「こんな階段を馬で駆け上がるなんてできるのか」と疑う人が多いそうですが、実際に試みて成功した方々のリストが公式HPに載せられていますのでご覧くださいませ(^_^)。写真の端に写っている提灯の紋は葵の御紋でした。




愛宕神社

《愛宕神社》

 愛宕神社は愛宕山の上にあります。標高26mという低い山ですが、江戸時代には非常に目立っていた山で、桜と見晴らしの名所として江戸庶民に愛されたそうです。
 創建は慶長8年(1608年)。徳川家康が江戸に幕府を開くに当たって、江戸の防火・防災の守り神として愛宕神社(あたごじんじゃ)を創建しました。
 万延元年(1860年)の「桜田門外の変」の時には、水戸浪士たちがここに集合し、神前で祈念した後桜田門へ赴いて大老・井伊直弼(いいなおすけ)を討ち取りました。また、明治元年(1868年)には勝海舟が西郷隆盛と共に愛宕山に上り、江戸市中を見回しながら会談して江戸城を無血開城へと導きました。




児盤水(小判水)の滝

《児盤水(こばんすい:小判水)の滝》

 境内に立ててある説明板によると「昔、この愛宕の地に児盤水(こばんすい:または小判水)という霊験あらたかな名水が湧き出ていました。承平3年平将門の乱の時、源経基という人がこの児盤水(こばんすい)で水垢離をとり愛宕様に祈誓をこめ神の加護により乱を鎮めたということが旧記に載っています。」ということだそうです。こちらのお宮さんにお参りに来た時には、まさか将門に関係する伝説があるとは知らなかったので、この説明を読んだ時には本当に驚きました。もっとも将門サイドではなく朝廷側の人物に関する伝説なのですが。
 社の前には池があって、その池の中に鳥居が建っておりその奥に小さな滝があります。…それで水の女神・罔象女命(みずはのめのみこと)が祀ってあるのですね。




出世の石段

《出世の石段》

 下から見上げた「出世の石段」です。下から見るとそれほどとは思わないかもしれませんが、上から見るとほんとこわいんですよ。
 でもこうして下から見てみると、なんだか体育会系クラブのトレーニングで「兎飛び往復50回!」とかつい言っちゃいそうな気がしませんか(^_^;)。実はこちらの階段、トレーニング禁止の立て看が立っています。やっぱりほんとにやるヤツがいたのか…侮れんな(^_^;)。

2002年1月訪問


参考:
愛宕神社の由緒書
「児盤水(こばんすい)の滝」の説明板
愛宕神社のHP:http://www.asahi-net.or.jp/~GX8R-MTOK/index.htm