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《神田神社》
『神田明神(かんだみょうじん)』の名で馴染み深いですが、実はこれは通称。『神田神社(かんだじんじゃ)』というのがこの神社の正式名称です。大黒さま・恵比寿さまという顔ぶれを見てもわかるように商売繁盛の神さまがメインです。年明けの仕事初めには近所のオフィスから初詣でにいらっしゃる方が多いそうです。
創建は古く聖武天皇(しょうむてんのう)の天平2年のことだそうです。創建当時、神田神社は今の将門(まさかど)の首塚近くにありました。時代が移って平安の世、一代の英雄・平将門(たいらのまさかど)が関東に覇権を唱えて起ち、事成らずして藤原秀郷(ふじわらのひでさと=俵藤太)に討たれて、その首は京の東の市に晒されました。その後、伴類がこれを引き取り、塚を築いて葬った場所が元の神田神社から百歩の地でした。(…ということは、今の首塚がその場所なんでしょうね。)
1309年、社の修復工事の際に、将門の霊も一緒に祀り上げ、神田明神と名付けてこの地の守護神としたのだそうです。(神田明神というのは将門さまのことだったんですね!)
1590年、徳川家康が江戸に移って来て以来、江戸城下の整備に伴って神田神社は現在の駿河台の地に移され、江戸城鬼門を護る江戸総鎮守とされました。江戸時代には江戸幕府の威信を示す壮大な社殿であったそうです。
1626年には朝廷に弓引いた将門に対して勅許が降り(…(^_^;))、明治7年には明治天皇が自ら参拝に来たのだそうです。
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《大黒さま》
こちらは神田明神の鳥居をくぐってすぐ、左手にある大黒さまの巨大な像。ありがたや〜(^_^;)。
将門さまって大黒さまや恵比寿さまと一緒に祭られていることが多いけど、どうしてなんでしょう?大黒さま=大己貴神(おおなむちのみこと)=大物主神(おおものぬしのみこと)=大国魂神(おおくにたまのみこと)=大国主神(おおくにぬしのみこと)、恵比寿さま=少彦名神(すくなひこなのみこと)、つまり=で結んだ神様はみんな同じ神様なんです。大己貴神と少彦名神は出雲でともに協力をして国造りをした神々です。大物主神は大和三輪山に祭られている神で、はるか古代において大王家によって滅ばされた土着の豪族が祭った国津神(くにつかみ=土地神)です。
大己貴神といい、将門さまといい、天皇家に対立したものが一緒に祭られているっていうのは、なにか意味がありそうな…。
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《銭形平次の碑》
「神田明神下の平次でぃっ!」という台詞でお馴染みの銭形平次の碑が境内の社殿の向かって右手にあります。
私はこの庶民的な雰囲気の神田明神が好きです。
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《将門煎餅》
境内の売店で売っていた将門煎餅。中身はただのしょうゆせんべい(らしい)だけど、袋の九曜紋と「将門」の文字が強烈なインパクトを与えます。バラ売りから御贈答用のセットまでいろいろあります。