紀元前62年12月、この年のボナ=デアの祭は現職の法務官のカエサル邸で行われました。カエサルはこの前年(紀元前63年)に、共和制ローマでは唯一終身制の大神祇官に当選し、フォルム=ロマーヌム(当時のローマでは都心中の都心)にある大神祇官の公邸に引き移っていました。カエサルはその後もずっと、暗殺されるまでこの公邸に住んでいたようです。
さて、善き女神の祭は男子禁制の女だけの祭で、ローマ中の上流婦人たちがこの祭のためにカエサル邸に集まりました。カエサル邸からは、奴隷から主人であるカエサルに至るまで、すべての男が邸の外に追い出されました。祭の主催者は法務官の妻、つまりカエサルの妻のポンペイアです。(ユリアを産んだコルネリアはこの頃既に亡くなっており、あのスッラの孫娘のポンペイアがその後添えとしてカエサルに嫁したのでした。)しかし実際は、カエサルの母アウレリアが名実共にカエサル家の大刀自として尊敬されており、この祭の指揮も彼女が執っていたようです。アウレリアは公けにも教養のある賢婦人という評判が高かったので、ポンペイアにとっては少々煙たい存在であり、ふたりの間にはバッチリ嫁姑の確執があったんじゃないかなと思います。
この女だけの祭の夜、カエサル邸で大事件が起こりました。クロディウスという男がポンペイアと逢引するために、女装をしてこの女だけの祭に忍び込もうとしたのです。しかし、ポンペイアに会うより先に、クロディウスの女装はカエサル家の怖い大刀自アウレリアの侍女によって見破られ、クロディウスは女たちによって邸から叩き出され、女神の秘儀は中止されることになりました。
この事件は祭に参加していた上流婦人の口からまたたくまにローマの上流階級に広まり、クロディウスの女神に対する冒涜行為はローマ中の顰蹙を買いました。しかも侵入した邸が現職大神祇官邸でもあったことから、護民官によってその涜神行為を告発されることにもなりました。大神祇官という役職上、管理不行届ということで、下手をすればカエサル自身にまで責任追及の手が及ぶ恐れがありました。カエサルはクロディウスを庇いましたが、反面、妻のポンペイアの方はただちに離婚しました。法廷に証人として出廷した時、カエサルは「クロディウスに対して原告側が述べていることについては自分は一切関知しない」ときっぱりと言いました。「では、なぜポンペイアを離婚したのか」と問われると「私の妻たるものは、少しでも疑われるような女性であってはならないからである」と述べました。クロディウスは無罪放免となり、以後、彼はカエサル派として活動することになります。
ここで勝手な想像をしてみましょう(笑)。ポンペイアはカエサルと結婚する以前からクロディウスと相思相愛の仲でした。カエサルとの政略結婚のために、わりない仲を引き裂かれたという悲恋物語がその背景にあったわけです。クロディウスとポンペイアが仲を裂かれ、別れてもなお愛し合っていることに心を動かされたカエサルが、この事件を機にポンペイアを離婚して彼女を自由にしてやったのです。カエサルの深い心に感じ入ったクロディウスは、以後カエサルの心に報いるために、彼に身命を捧げたのです…ということになれば美談なのですが、そんなわきゃないですよね(笑)。