カエサルは、紀元前87年、13歳の時にユピテル大神の祭司に選ばれました。この時期、あのスッラはミトリダテス戦のためにオリエントに遠征していたので、ローマには不在でした。(このあたりのお話は『Venus Victoricus Vol.1』で詳しく書いています。)その隙を突いてカエサルの伯父・マリウスがローマに帰還し、執政官キンナと組んでスッラ派に報復、再び勢力を盛り返していました。(まったく、火事場泥棒みたいにこそこそしないで、直接対決すれば一発で勝負が着くのに、マリウスとスッラの抗争って第三者にばっかりとばっちりを喰わせる、とんでもなく迷惑なものです(^_^;)。)この人事はおそらくマリウス復権のおかげで行われたものなのでしょう。この時、カエサルは既に裕福な騎士階級の娘と婚約していましたが(なにしろ由緒ある家柄とはいえ、この時期貧乏なカエサル家でしたから)、ユピテル祭司に就く者は貴族に属する女性と結婚しなければならなかったのでそれを解消し、紀元前84年、16歳の時に、前述のマリウス派のキンナの娘・コルネリアと結婚しました。この年にはカエサルの父が死去しており、若年とはいえ一家の家長となり妻を娶ることもあって、カエサルの成人式もこの年に行われたようです。カエサルはユピテル祭司に選ばれはしましたが、実際は任官していないという説が有力です。紀元前86年にはマリウスが死亡していますし、カエサルが選出された時点ではまだ成人式も迎えていない子供でしたしね。
子供は普通長衣(トガ)は着けず短衣(テュニカ)しか着ないのですが、イラストのカエサルには長衣を着せてみました。(背面の神々はユピテル大神とその妻・ユノです。)古代ローマにおける宗教担当者は、大きく三つ、卜占担当、予言書担当、祭事担当に分かれていました。彼らには特に形式ばった荘重な衣装はなく、神事に携わる時にはイラストのように長衣を頭に掛けました。(アウグストゥスにも、このような神事に携わる姿をした有名な立像が残っています。)イラストのカエサルが手にしている渦巻き状の道具は卜占官を象徴する杖です。(キリスト教司祭の杖の原型だそうです。)神事に使われる道具には、そのほかに生贄を捧げるための道具や香箱(香を焚くための道具)、聖酒や聖水用の杯や壷などがありました。
古代ローマ人は合理的だから、占いや夢などは気にしないのかと思ったら、意外に重視していたのですね。スッラもカエサルも国法に背いてローマへ進軍する前には、神意が自分にあると確信するまで悩み抜いています。カエサルに関しては、そうですね、夢占いのエピソードが多く残っているようです。
でもあれですね、自分について不利なエピソードがあまり残されていないところを見ると、このテの話は有利なものを意図的に選別して残したのでしょうね。すいぶん後の話になりますが、ファルサルスの戦い(ポンペイウスとの最後の決戦)の後、アフリカに逃れたポンペイウス派のカトーやスキピオたちがヌミディア王ユバの援助で巻き返しを図りましたが、アフリカでは常にスキピオ家の者が勝利を得るという託宣があったため、彼らの意気は非常に上がりました。それを聞いたカエサルはわざわざ自軍の中からスキピオという名の者を探し出して、軍の前面に据えました。その男はスキピオという名を持つ以外なんの取り柄もありませんでした。カエサルが卜占というものをどう考えていたのかがよくわかるエピソードだと思います。