第5代 稚足姫皇女
Illustrated by
Inamura Kaori
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在位天皇:雄略(ゆうりゃく)
父:雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)
母:葛城韓媛(かつらぎのからひめ)

 稚足姫皇女(わかたらしひめのひめみこ:別名、栲幡姫皇女(たくはたひめのひめみこ))は雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)と葛城韓媛(かつらぎのからひめ)の間に生まれた。母を同じくする弟に白髪皇子(しらかのみこ)がいる。
 母・韓媛が死の床にある時、父・雄略は母の手を握り締めて約束した。「白髪を皇太子にする」と。その時、母はうっすらと微笑(わら)い、それを見た父は母の最期が安らかであろうことを確信したようだった。しかし、母は後で吐息のようにつぶやいた。
「結局、あの方は何もわかってくださらなかったわ…。」
 韓媛の実家の葛城氏は、韓媛が入内(じゅだい)する直前に、雄略その人によって滅ぼされた。韓媛を除く一族すべてが、あの美しい秋の夕焼けの中に焼亡したのだ。その時の胸の痛みはいつまでたっても消えなかった。折にふれるごとに思うのは、吾子(あこ)たちにだけは自分のような苦しい想いをさせたくはないということだった。ことにも白髪皇子は白髪という異形で生まれてきた。静かな安らげる生活を…韓媛が心に掛けた子供たちの行く末はそのようなものだったのに、雄略は彼女の心を少しも理解していなかったのだ。
 白髪皇子は皇太子に立ち、稚足姫皇女は伊勢の斎王に立った。人に超越した立場にあって、どうして母・韓媛の望んだような平凡な生活が送れるはずがあろうか…。

 稚足姫皇女は怒りと屈辱で目の中が暗くなった。初めは気の進まなかった斎王だが、伊勢の風景の良さとなにくれとなく気を配ってくれる廬城部武彦(いおきべのたけひこ)のおかげで、都にいた頃よりもかえって安らぎを覚え始めた矢先のことだった。讒言したのは阿閉臣国見(あへのおみくにみ)。そういえば、あの男は問題の多い男で、ついこの間も武彦を通じて叱りつけたところだった。それを恨みに思ったのか…。あろうことか姫が武彦と密通したなどと、父・雄略天皇の耳に囁いたのだ。続いてもたらされた知らせは、姫を絶望の淵に追いやった。武彦が申し開きをする暇もなく殺されてしまったというのだ。
 「あの父はなぜああまで人を信じられないのか…。」
 稚足姫は神鏡を持つと、夜半に斎宮を忍び出、五十鈴川のほとりを人の来ないところまで遡ると、鏡を埋め首を吊って死んだ。死を以てわが身の潔白と父への非難を訴えたのである。神鏡を埋めた場所には暗闇の中で美しい虹が立ったという。

 雄略天皇は『日本書紀』に大悪天皇と書かれた天皇です。独断専行で誤って人を殺すことが多い、とも書かれています。でも私は雄略は卓越した政治力を持っていた人だと思います。独断専行というのは、つまりあらゆる点において他の人間の能力を凌駕していた、そして、それを自覚していたために、辞を低くして他者に協力を求める必要がなかった、ということでもあります。『よく誤って人を殺す』と書かれていますが、記紀の雄略の殺人についての記事を読む限り、誤って殺したというよりも、計画的に殺したという感じがします。なんだか、雄略にはマキアベリズムを感じてしまいます。
 崇神天皇(すじんてんのう)に続いてこの雄略天皇の時代に、倭(やまと)は飛躍的に勢力を拡大していますし、斎宮制度から見ても、伊勢の国津神(くにつかみ)を吸収して(ということはつまりその神を奉じる伊勢の在地勢力をも併呑したということです)、皇祖神としての天照大神(あまてらすおおみかみ)の神像がほぼ整ってきた重要な転機に当たるようです。戦争兵器は常にその時代のテクノロジーの最先端を行くようですが、この雄略の時代も最先端の兵器つまり鉄製の武器を持って、東へ西へと倭の大王(おおきみ:天皇)の勢力を拡大させていったようです。そういう時代の支配者が単なる悪者であったとは思えないのです。(でも、家族にとっては、非常にやっかいな親父だったかもしれない(笑)。)
 ちなみに雄略のほかの皇子(稚足姫と白髪にとっては、異母兄に当たります)に、吉備稚媛(きびのわかひめ)腹の磐城皇子(いわきのみこ)と星川稚宮皇子(ほしかわのわかみやのみこ)があります。私はこの星川皇子が好きです。好きになったきっかけはこのなんともいえず美しい名前。ハマるきっかけなんて単純なものですね。