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「そもそも、日本の古代とはいつまでなのか?中国では漢帝国、西欧では西ローマ帝国と、大帝国の崩潰が古代の終焉となります。でも、この当時2〜3世紀は、日本は中国を中心とする文化圏には入ってませんよね?唐代の概説書に、「この時期の中国が中世の終末にあたるから、同時代の日本をそうだとするのは過ちだ。日本は、遣唐使などで、官制と貴族文化は移植できたが、その他は古代の真っ只中なのである」とありました。唐(617年〜907年)と同時代の日本は、畿内の政権が本州全体へ膨脹していますから、古代にあたる気も。中世は武家政権が成立してからなんでしょうか?」(こおなごさまからのご質問)
このご質問をいただくまで、私は「日本の古代」というものを漠然としたイメージでしか捉えておりませんでした。「埴輪や勾玉をイラストの中に描いて不自然ではない時代」‥乱暴ですが言葉にするとそんな感じでした。ところがところが、調べてみて自分がいかにいい加減に「古代」という言葉を使っていたかということがわかりました。
この「時代区分」の仕方は非常に重要で、このテーマで論争したり論文を書いたりしているサイトがたくさんあります。「論」は私の手には余りますので、ここでのお答えはサイトや辞典を調べた結果だけにとどめさせていただきたいと思います。
ほかの時代区分についてもそうですが、「古代」という区分は、政治体制・社会体制を基準にするか、文化を基準にするか、生産形態を基準にするかなど、何を基準にするかによって違ってきます。また日本史か東洋史か西洋史かによっても違います。
広辞苑の日本史における時代区分の説明によると、
- 《古代》
- 一般に奈良・平安時代を指し、大和朝廷時代(原始古代)を含めてもいう。
- 《中世》
- 一般に12世紀末鎌倉幕府の成立から一七世紀初め江戸幕府の確立までをいう。
- 《近世》
- 日本史では特に封建制後期に当る江戸時代(安土桃山時代を含む場合もある)を指す。
- 《近代》
- 明治維新から太平洋戦争の終結までとするのが通説。
だそうです。
もうひとつ。私が立ち読みした(^_^;)日本史辞典によると、時代区分は三分法により「古代」「中世」「近世」と分けられます。これでは区切りが大きすぎるので、普通は各時代区分をもう少し細かく区切ります。日本の古代はいつまでかという点については、
- 平安遷都以前を古代とする。
- 院政が始まる以前を古代とする。
- 鎌倉幕府が始まる以前を(つまり平安時代全部を含めて)古代とする。
という3つの説があります。教科書や資料集など、一般的には鎌倉幕府以前の平安時代までを古代に含めています。
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